薬局における在庫管理の最適化と改善策
医薬品は、健康と命に直接関わるものであり、その供給が少しでも滞ることは、治療の中断や患者の不安、ひいては信頼損失につながります。そのため、薬局における在庫管理は、医療体制を機能させるための“生命線”とも言える存在で、極めて高い精度と責任が求められる業務です。
本記事では、薬局業界特有の課題を踏まえた上で、最適化のための実践ポイントを体系的に解説します。
薬局業界を取り巻く環境変化
日本は高齢化に伴い、慢性疾患の長期治療を受ける患者が増加することで、医薬品の需要も拡大しています。これを受けて、薬局の店舗数や調剤件数は年々増加傾向にありますが、一方で「調剤報酬の評価体系」も見直されており、従来型の経営モデルからの転換が求められています。
具体的には、以下のような変化が起きています。
・高齢化社会の進行
高齢者による処方箋需要の高まりと、調剤薬局の役割と重要性の拡大
・チェーン展開・M&Aの加速
中小薬局の買収・合併が進み、業界全体の再編が進行
・在宅医療や地域包括ケアへの対応
従来の「来局型」から「訪問型」へと業務範囲が拡大
・非薬剤業界(IT・物流・コンビニなど)からの参入
業界外からの競争圧力の高まりと、効率的な経営体制構築の必要性
近年は、国が掲げる「かかりつけ薬剤師・薬局」の推進により、薬局は単に薬を渡す場から、服薬の継続支援や医師との情報共有を担う存在へと役割が拡大されつつあります。調剤報酬の配分も対人業務に重点が置かれ、「かかりつけ薬剤師指導料」が73点→76点になり、「かかりつけ薬剤師包括管理料」は281点→291点へと変更されました。
このように、環境変化の中で薬局には従来以上に幅広い業務への対応が求められており、医薬品の在庫管理は、その取り組みを支える重要な基盤として注目されています。
調剤業務と在庫管理の両立の難しさ
薬局業務の中心はあくまで調剤と服薬指導であり、在庫管理はその付随業務として位置づけられています。しかし実務上は、調剤・発注・棚卸・期限管理といった作業が同時進行で求められ、現場の薬剤師や事務スタッフの負担を増大させています。
特に中小規模の薬局では、人員に余裕がないため属人化が起こりやすく、繁忙時間帯には調剤業務が優先され、在庫確認や入力作業が後回しになるケースも少なくありません。その結果、実際の在庫数と帳簿上の在庫数が乖離することで、発注判断の誤りや重複発注が発生します。
こうした構造的課題を解消するには、業務の標準化とシステム化が不可欠です。
薬局における在庫管理の課題
欠品が許されない医薬品
医薬品の欠品は患者の治療に直結する問題であり、処方箋通りに調剤できない状況は可能な限り防がなければなりません。特に慢性疾患治療薬や特殊製剤では、欠品がそのまま治療の中断につながることもあります。
こうした性質上、現場では欠品リスクに備えて常に一定量の在庫を確保する必要があり、結果として、過剰在庫や不動在庫を抱えやすくなります。
使用頻度が低い薬品の常備義務
薬局では使用頻度が低い薬剤であっても、地域医療体制や薬局機能を維持するため、一定量を常備しておくことが求められます。特に専門医療機関連携薬局の認定を受けている薬局では、希少疾患治療薬や緊急対応用薬など、即時対応が求められる薬剤を備蓄する責務があります。
しかし、これらの薬品は回転率が低く、期限切れや不動在庫となるリスクが高い傾向にあります。限られた保管スペースの中で多品目を管理しなければならず、使用頻度と備蓄義務の乖離が在庫効率を低下させています。
期限切れ・廃棄リスクとコスト問題
医薬品には有効期限があり、期限を過ぎた薬品は原則として使用できません。期限切れ薬品の廃棄は、単なる在庫ロスにとどまらず、適切な処理や記録管理が必要となるため、業務負担も大きくなります。また、期限切れによる損失は経営上の直接的なコストとなるため、特に高薬価品や希少疾患治療薬を多く扱う薬局ではその影響が顕著です。
使用頻度の低い薬品を抱えることによる廃棄リスクと、必要最低限の備蓄を確保する必要性との間で、現場は常に難しい判断を迫られています。
高薬価医薬品によるキャッシュフローへの影響
がん治療や専門医療の進展により、バイオ医薬品や分子標的薬など高薬価の新薬を取り扱う機会が増えています。これらの薬剤は一箱あたり数万円を超えることも珍しくなく、複数の患者に対応するために一定量を確保するだけで、数百万円規模の在庫となる場合もあります。
しかし、調剤報酬は月単位の請求・入金となるため、実際に入金されるまでにタイムラグが生じます。そのため、高薬価医薬品を多く抱える薬局では、キャッシュフローが圧迫されやすい状況となっています。
在庫を最適化するための実践ポイント
在庫最適化を行うには、単に在庫量を削減することではなく「必要な医薬品を必要なタイミングで過不足なく提供する」ための仕組みを確立することが重要です。本章では、医薬品の在庫管理における発注基準の設定、在庫分析の手法、需要変動への対応などについて解説します。
ポイント① 適正在庫の考え方と発注点の設定
薬局の場合、薬価改定や供給不安など外部環境の変化が大きいため、リスクを考慮した安全在庫の確保が必要です。
・安全在庫
突発的な需要増や納品遅延に備えた、バッファ的な在庫。ただし、過剰な設定はコスト増につながる
・発注点管理
残り在庫が一定数を下回ったタイミングで自動的に発注する仕組み。「日々の消費ペース」「納品までの日数」「安全在庫」を基準に設定する
※安全在庫について、詳しくは「安全在庫の役割と計算方法 ~適正在庫を維持するための考え方と実践マニュアル」の記事をご覧下さい。
ABC分析による重点管理と高薬価医薬品対策
ABC分析は、在庫品目を重要度別に分類して、限られた管理リソースを重点品目に集中させるための分析手法です。薬局では、医薬品ごとの使用量や金額の偏りが大きいため、全ての品目を同じように管理することは現実的ではありません。
分類の目安は以下の通りです。
・Aランク:高薬価または使用頻度が高い主要医薬品(全体金額の70〜80%を占める)
・Bランク:中程度の使用頻度・単価を持つ薬品群
・Cランク:使用頻度が低く、金額的影響の小さい薬品
特に、Aランクに分類される高薬価医薬品はキャッシュフローへの影響が大きいため、在庫保有を必要最小限に抑え、発注タイミングを厳密に管理することが重要です。一方、Cランクの品目については「常備が必要かどうか」の判断を定期的に見直し、在庫を持たずに都度発注や近隣薬局との融通で対応することも検討すべきです。
このように、品目ごとのリスクと重要性に応じて優先順位をつけた管理が、在庫最適化の前提条件となります。
不動在庫の定義と対策
不動在庫を管理するには、まず「不動在庫の定義と抽出基準」を明文化して、定期的に確認する仕組みを設けることが必要です。
不動在庫の定義
- 例:過去6か月間、処方または販売実績がゼロ
- 処方傾向や季節要因から見て再使用の見込みが低いもの
優先して対処すべき不動在庫
- 使用期限が迫っているもの
- 長期間調剤されていないもの
主な対策
- システムによる定期抽出と棚卸での可視化
- グループ薬局内での店舗間移送
- 今後の常備判断基準の見直し
さらに、「不動在庫率」や「在庫回転率」などを管理指標として、日常業務に組み込むことが重要です。感覚的な管理から脱却して、データに基づく在庫管理を実現することが求められます。
季節変動や突発需要への柔軟な対応
インフルエンザや花粉症、感染症流行などによって、医薬品需要は季節ごとに大きく変動します。また、近年では供給障害(出荷調整や販売中止)や災害発生など、突発的な要因による需要変動にも迅速に対応できる体制が求められます。
・季節変動への対応
過去の処方実績をもとに、ピーク期の在庫水準を事前に設定することで、早期発注で必要量を確保する。
・突発需要への対応
特定薬品の突発的な需要急増に備え、本部管理や広域在庫調整、代替薬対応マニュアルなどの体制整備を行う。
具体的な施策
- 地域の医療機関との情報共有による需要予測の精度向上
- 卸業者との連携強化による緊急発注ルートの確保
- 他店舗・近隣薬局との在庫融通ネットワークの構築
- 使用状況に応じた安全在庫の見直し
こうした仕組みを整えることで、需要変動にも安定的に対応できる柔軟な管理体制を構築する必要があります。
在庫管理システムの導入メリット
近年クラウド化が進み、初期費用や導入コストも抑えられるようになったことで、薬局の規模や体制に応じた柔軟な導入が可能となっています。
そこで、在庫管理システムの特筆すべき機能や導入メリットについて解説します。
クラウド型システムの特徴
クラウド型 在庫管理システムは、インターネット環境があれば、どこからでも在庫状況の確認・更新・共有が可能です。従来の表計算ソフトや紙ベースでの管理に比べ、情報の一元管理やリアルタイム性の向上、セキュリティ強化などのメリットがあります。
導入によって期待される主な効果
- 医薬品ごとの在庫数・有効期限・使用履歴をリアルタイムで管理
- 拠点ごとの在庫状況を一覧表示して、余剰在庫や欠品を可視化
- 発注・入庫・廃棄の操作履歴を自動記録
- PC・タブレット・スマートフォンなど複数端末での操作に対応
また、従来のアナログ管理では不可能だった「複数人での同時作業」や「外出先からの在庫確認」も可能となり、在庫情報の正確性が飛躍的に向上します。
需要予測と自動発注機能の活用
医薬品の需要は、処方傾向、季節変動、感染症流行などに左右されるため、適切な発注判断には高度な予測力が求められます。そこで注目されているのが、AIや統計モデルを活用した「需要予測」と「自動発注機能(発注データの作成)」です。
主な機能
- 月次・週次での処方傾向の自動分析
- 花粉症、インフルエンザなどの季節要因を織り込んだ数量予測
- 安全在庫・発注点の自動算出と発注案の提示
- 発注確定から仕入先連携までの一元管理
過去の出庫データに基づいて傾向値や予測値を自動算出することで、欠品と過剰在庫のリスクを同時に抑制できます。さらに、自動発注機能を活用することで、担当者による発注ミスや確認漏れのリスクを最小限に抑えるだけでなく、日常業務の負荷軽減にもつながります。特に、高薬価医薬品や納期が不安定な医薬品については、発注タイミングの最適化によってキャッシュフローへの影響を緩和できます。
複数店舗での在庫情報共有と一元管理
在庫管理システムを導入することで、複数店舗の在庫情報を本部で一元的に把握・管理することが可能です。これにより、店舗単位ではなく企業全体での在庫最適化が可能となります。
一元管理による主なメリット
- 店舗ごとの在庫指標(回転率・廃棄率など)の可視化
- 発注条件の統一と一括発注によるコスト削減
- 高薬価、または在庫回転率の低い医薬品の在庫共有
本部が各店舗の在庫状況・発注状況・棚卸実績をリアルタイムで把握することで、医薬品の偏在を回避して、店舗間での融通や集中購買によるコスト最適化を実現します。
クラウドERP『キャムマックス』で実現する在庫最適化

在庫の最適化は、薬局経営において欠かせない取り組みの一つです。ただし、拠点ごとの在庫差や欠品リスクなど、乗り越えるべき課題も多く存在します。
クラウドERP「キャムマックス」は、そうした課題の解決を支援します。
在庫管理・販売管理・購買管理・生産管理・財務会計といった基幹業務をトータルで管理することで、システムによる業務の一元化とリアルタイムの情報管理を実現します。これにより、現場の業務効率化と経営の可視化が可能になります。
下限在庫を起点とした、発注の自動化と安定供給
キャムマックスでは、店舗ごとや医薬品ごとに設定された下限在庫数を下回るとシステムが自動的に発注データを作成するため、発注漏れを防ぐことが可能です。また、設定された基準値に基づき発注量が最適化できるため、過剰在庫やキャッシュフロー圧迫のリスクも抑えられます。欠品を未然に防ぎつつ、余剰在庫を最小限に抑える在庫管理を実現します。
キャムマックスを導入することで、発注業務による時間ロスをなくし、在庫の過不足を防ぎながら、スピーディかつ安定した供給体制が構築できます。
この記事を書いた人
下川 貴一朗
証券会社、外資・内資系コンサルティングファーム、プライベート・エクイティ・ファンドを経て、2020年10月より取締役CFOとして参画。 マーケティング・営業活動強化のため新たにマーケティング部門を設立し、自ら責任者として精力的に活動している。



